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氷菓の評価

氷菓

映画「氷菓」を観てきた。 hyouka-movie.jp 作家米澤穂信のデビュー作である本作品は、古典部シリーズとして続編が数作刊行され著者の代表作となっている。
15年以上前の作品ながらここ最近になってアニメ化やマンガ化など様々なメディア展開が進んでおり、今回の実写映画化はその一つである。 僕は原作小説とアニメで本作ならびに著者のファンになった。

しかし今回実写化されると聞き喜んだかといえばそんなことはない。映画化は好きにすればいいけど俺は頼まれても観ないぞなどと思っていた。
というのも、アニメの出来がとてもよかったのでそのイメージを崩されたくなかったのだ(あるある)。
またただアニメの出来が良かっただけでなく、そのアニメが原作のイメージから少し離れたところにあり、その上で良い出来であったからである。

映画化は当然原作小説の実写化だ。アニメの実写化ではない。アニメが原作を読んだときのイメージと少々違ったのは先に述べたが、しかしそれを僕は受け入れていた。

原作は活字だけで映像や画像はないのでアニメのイメージがあっても邪魔はしない。
しかしアニメと実写映画となると話は別だ。原作に拠した実写映画と原作から離れたアニメのイメージは間違いなく反発し合う。

そんなわけで僕はこの映画、観ないつもりだった。公開後大コケの噂を聞いた時もさもありなんとしか思わなかった。 ちなみにこの映画大コケは氷菓という作品に触れた人間ならほぼ予想できた結果である。明らかに映像映えする作品ではない。そこをアニメはアニメだからこそできる過剰な演出でうまく盛り上げていたから出来が良かったといったのだが、実写ではどう考えても無理がある。

しかしまぁやはりアニメは所詮派生作品でしかないわけだしそれ基準で考えて頭ごなしに否定するのは違うかなと思い、一応Twitterで評判を見てみた。

基本的に実写化に対してボロボロに書かれていたけど、実際に観た人の評価に限定すれば案外悪くないように感じた。それでちょっと興味が出てきた。

最後に背中を押したのは、先々週メンバーズカード会員になっていたということだった。入会費500円を払ってしまったしある程度の頻度で映画観に行かないともったいないよなぁという意識が多分に働いた。まんまと乗せられている。

感想

結論から言えば悪くはなかった。
宣伝のつもりで書いているわけではないのであらすじを説明するつもりはないが、良いと思ったところを原作既読者向けに書いてみようと思う。

これより下はネタバレを多分に含むので原作未読者にはおすすめしない。今後読むつもりも観るつもりもないからネタバレ気にしないという人でも、話を知っていなければ理解できない話を書くつもりなので読んでも意味が分からないと思う。 もはや誰か読む人がいるのかと。まぁもともとこのブログは誰かに読んでもらうためにやっているわけじゃないしいいか。


以下ネタバレ(を多分に含む)









話の流れというかストーリーとしては基本原作通りだった。余計なオリジナル要素(しばしば叩かれる要因になりがち)はなく原作に忠実だった。これを工夫がないとまで言ってしまうのは少々意地が悪い。

ただやはり全く同じというわけではなく一箇所大きな改変があった。 司書の糸魚川先生の耳だ。旧姓郡山のこの先生は33年前の格技場の火事で右耳が聞こえなくなったという。この時郡山女学生を関谷純が助けだした姿が優しい英雄として語られてさも運動の重要人物であるかのように祭り上げられてしまった。 こんな設定は原作にはない。しかしこの改変はよかった。

原作では

(前略)組織的に反対運動を行うとなれば、処罰も覚悟しなきゃいけなかった。口は達者だったけど、情けないものね。結成された部活連合のリーダーには、誰も立候補しなかったわ」
(中略)
「そこで貧乏くじを引かされたのが、あなたの伯父さん、関谷純よ。実際の運営は、別の人がやってたんだけどね。その人は絶対、表には名前を出さなかったわ 。運動は(以下略)

関谷純が処罰の対象になった理由が「貧乏くじを引かされた」でさらっと済まされている。
クライマックス故早く先が読みたいという意識が手伝って活字に誤魔化されてしまったのか僕が読んだときは然程おかしいとは感じなかったが、普通に考えて流石に何の理由もなくリーダーに担ぎ上げられるはずはない。

これに対して納得いく理由を提供しつつ、過去と現在を最も強く結びつける人物に物語を一つ生んだこの改変は素晴らしい。

僕がこの記事で一番言いたかったことはこのことだ。雰囲気を壊さず原作の補完までしてくれるオリジナル要素なら歓迎だ。

改変繋がり

ちなみにアニメ氷菓でも改変があった。もちろん一箇所だけではないのだろうが、僕が覚えているのは「正体見たり」だ。もはや氷菓でもないのだが(古典部シリーズ4作目「遠回りする雛」)、この話のラストはざっくり言ってしまえば

「仲良しのきょうだいなんて幻想(枯れ尾花)だ」

と締めくくられる。小学生の姉妹の話でそれは悲しすぎる。

しかしこの場面、アニメでは足をくじいた(?)妹を姉がおんぶしているシーンが最後に挿入されている。

もともと米澤氏が登場人物を徹底的に痛めつける暗い話ばっかり書く人なので平常運転なのだが、そのままでは一応青春ミステリーを謳うアニメにはそぐわないということなのだろう。脚本家優秀。

良改変に恵まれた幸せな作品だ。